盲目の女性「おきぬ」。彼女の前世の姿とは?
みそらをかける猛鷲(あらわし)の
人の処女(おとめ)の身に落ちて
花の姿に宿かれば
風雨(あらし)に渇き雲に饑(う)ゑ
天翔るべき術(すべ)をのみ
願ふ心のなかれとて
黒髪長き吾身こそ
うまれながらの盲目(めしひ)なれ
芙蓉を前(さき)の身とすれば
泪は秋の花の露
小琴を前の身とすれば
愁は細き糸の音
いま前の世は鷲の身の
処女にあまる羽翼(つばさ)かな
あゝあるときは吾が心
あらゆるものをなげうちて
世はあぢきなき浅茅生の
茂れる宿と思ひなし
身は術もなき蟋蟀の
夜の野草にはひめぐり
たゞいたづらに音をたてて
うたをうたふと思ふかな
色にわが身をあたふれば
処女のこゝろ鳥となり
恋に心をあたふれば
鳥の姿は処女にて
処女ながらも空の鳥
猛鷲ながらも人の身の
天と地とに迷ひゐる
身の定めこそ悲しけれ
前世は鷲だったのが、生まれ変わって盲目の少女となったのです。その、鷲だった頃の記憶は失われていたが、恋を知った瞬間に、天と地の間に飛び迷う鳥の気持ちがよみがえったのです。
|島崎藤村 朗読|