若くして宮廷に出仕するようになった女性「およう」。この世のさまざまな栄枯盛衰の姿を、彼女はその目に見ることになります。

島崎藤村「おえふ」朗読をきく

処女(おとめ)ぞ経ぬるおほかたの
われは夢路を越えてけり
わが世の坂にふりかへり
いく山河をながむれば

水静かなる江戸川の
ながれの岸にうまれいで
岸の桜の花影に
われは処女となりにけり

都鳥浮く大川に
流れてそゝぐ川添(かわぞい)の
白菫さく若草に
夢多かりし吾身かな

雲むらさきの九重(ここのえ)の
大宮内につかへして
清涼殿の春の夜の
月の光に照らされつ

雲を彫(ちりば)め濤(なみ)を刻(ほ)り
霞をうかべ日をまねく
玉の台(うてな)の欄干(おばしま)に
かゝるゆふべの春の雨

さばかり高き人の世の
輝くさまを目にも見て
ときめきたまふさまざまの
ひとのころもの香をかげり

きりめき初むる曉星(あかぼし)の
あしたの空に動くごと
あたりの光きゆるまで
さかえの人のさまも見き

天つみそらを渡る日の
影かたぶけるごとくにて
名の夕暮に消えて行く
秀でし人の末路(はて)も見き

春しづかなる御園生の
花に隠れて人を哭き
秋のひかりの窓に倚り
夕雲とほき友を恋ふ

ひとりの姉をうしなひて
大宮内の門を出て
けふ江戸川に来て見れば
秋はさみしきながめかな

桜の霜葉黄に落ちて
ゆきてかへらぬ江戸川や
流れゆく水静かにて
あゆみは遅きわがおもひ

おのれも知らず世を経れば
若き命に堪へかねて
岸のほとりの草を藉(し)き
微笑みて泣く吾身かな

「おえふ(およう)」という名の女性の運命を歌った詩です。実在の人物をモデルにしてるのか架空なのか、ようわかりません。

江戸川のほとりで生まれて、年頃となり宮中に仕えることになったようです。それで、さまざまな栄枯盛衰を目にしたと。

でも結局姉の死をきっかけに宮中を去ることになり、江戸川に戻ってくるのです。

姉の死がどうしてきっかけなのか?実家を守る人がいなくなったので呼び戻されたのか、または姉が帝の愛妾で、姉のおかげで自分も宮中に入っていたが、その後ろだてがなくなって追い返されたのか?ようわかりませんでした。

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