けっこう恥ずかしいですが、思いっきり自己陶酔して朗読しました。
いかがでしょうか?
ドコモ・Sバンク→12
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたえしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな
林檎畠の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみとぞ
問ひたまふこそこいしけれ
訳
結い上げたばかりのあなたの前髪が林檎の樹の下に見えた。その前髪に挿した櫛の花模様のように、貴方の姿は美しかった。
優しく白い手を伸ばし、貴方が林檎を一つくれる。
秋の実りの象徴のようなその薄紅の林檎は、貴方に恋をした最初の記憶となった。
思わず漏れた私の吐息が、貴方の髪の毛にかかる。
盃に酒を注ぐように貴方の清らかな優しさを恋の喜びに満ちて、受けとめよう。
「林檎畑の樹の下に自然にできたこの細道は、いったい誰が通ってできたものなの」と 、(それは私たちのせいであることを)知っていて敢えて訊ねる貴方のなんと恋しいことよ。
解説
有名な「初恋」です。明治29年10月「文学界」に発表されました。けっこう恥ずかしいですが、思いっきり自己陶酔して朗読しなければイカンです。声を出そうと 意識するあまり勇ましい感じにならないように、そして「間」に注意して 再録しました。
第三連「わがこころなきためいきの/その髪の毛にかかるとき」はあまりに官能的で初恋の初々しさにそぐわないという批判があり、また藤村自身もそれを感じたらしく、後に定本番「藤村文庫」の中では削除されています。
第三連と第四連の間には長い時間経過があり、その間に二人は何度も 逢瀬を重ねるようなラブラブな関係になっているようです。
この詩の誕生の契機になった(らしい)女性について、藤村は「幼き日」に書いています。藤村が初恋に近い感情を持ったのは幼馴染の少女ゆふでした。藤村八歳の時です。桑畑の間の林檎の樹の下を歩いた思い出が「幼き日」には書かれています。
この淡い感情が青年時代の佐藤輔子(すけこ)との恋愛に重なり、「初恋」の詩として結実したようです。
この初恋の少女(ゆふ)のイメージは藤村の他の作品にもたびたび登場します。例えば「破戒」では主人公の丑松が初恋の少女(お妻)を回想します。
「お妻の生家は姫子沢にあって、林檎畠一つ隔てて、丑松の家の隣に住んだ。丑松がお妻と遊んだのは、九歳になる頃で…」
「破戒」第九章(一部) 朗読をきく
「楽しい追憶の情は、唐人笛の音を聞くと同時に、丑松の胸の中に湧上って来た。朦朧ながら丑松は幼いお妻の俤(おもかげ)を忘れずにいる。はじめて自分の眼に映った少女の愛らしさを忘れずにいる。あの林檎畠が花ざかりの頃は、其枝の低く垂下つたところを彷徨つて、互ひに無邪気な初恋の私語(ささやき)を取交したことを忘れずに居る。僅か九歳の昔、まだ夢のようなお伽話の時代――他のことは全く記憶にも残らないほどであるが、彼の向くな情緒(こころもち)ばかりは忘れずにいる。」(「破戒」第九章より)
「夜明け前」では扇屋得衛門の孫亀太郎の妻お末という人物が、その役割をにないます。
林檎のイメージは旧約聖書創世記第二章のエデンの園の林檎が念頭にあるのでしょう。
「神である主は、人に命じて仰せられた。『あなたは、園のどの 木からでも思いのまま食べてよい。 しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。 それを取って食べるその時、あなたは必ず死ぬ。』」(創世記2:16-17)
「そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、賢くするというその木は いかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた 夫にも与えたので、夫も食べた。
このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。 それで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。」(創世記3:6-7)
新改約聖書より
北原白秋にも「初恋」という詩があります。だいぶ初恋っぷりが近います。
|島崎藤村 朗読|